ガレス・ジョーンズはどんな人物だったか -赤い闇 スターリンの冷たい大地で-

ガレス・ジョーンズはどんな人物だったか歴史

はじめに

映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』を鑑賞し、主人公のモデルであるガレス・ジョーンズについて興味を持ったので、その生涯を調べてみました。

<映画のあらすじ>
英国人記者ガレス・ジョーンズは、世界恐慌のなかでスターリンが統治するソビエト連邦だけがなぜ繁栄しているのか、疑念を抱いていた。その謎を解くべくモスクワを訪れたジョーンズは、外国人記者を監視するソビエト連邦の当局の目をかいくぐり、謎の答えが隠されているウクライナへ向かう。凍てつくウクライナの地でジョーンズが見たのは人為的飢饉に苦しむ人々のいる地獄のような光景だった。

映画の原題は『Mr. Jones』ですが、原題のままだと映画の内容が全く分からないため『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』という邦題となっています。しかし、この映画ではスターリンは登場しません。あくまでジョーンズが目の当たりにしただろう光景の再現を試みる描写となっています。

ガレス・ジョーンズの生涯

ガレス・ジョーンズ(Gareth Richard Vaughan Jones)はイギリスのジャーナリストで、1932年から1933年のソビエト連邦内での飢饉であるホロドモールについて取材を行い、それを世界に向けて報告しました。

出生と教育

ジョーンズは1905年にウェールズで生まれ、1926年にウェールズ-アベリストウィス大学を卒業しました。その後、ストラスブール大学とケンブリッジのトリニティカレッジでフランス語、ドイツ語、ロシア語を学びました。

ジョーンズの母親はウェールズの実業家であるアーサー・ヒューズの子どもの家庭教師として、一時期ソビエト連邦にいたようです。『赤い闇』でもジョーンズが母親の語っていたウクライナの土地を訪れるという描写がありました。

ジャーナリストとして

ロイド・ジョージの顧問

卒業後にケンブリッジで短期間教壇に立った後、1930年にジョーンズはロイド・ジョージに外務顧問として雇われました。また、1929年ごろからフリーランスのジャーナリストとして新聞や雑誌に投稿を始めています。

ロイド・ジョージは第一次世界大戦下でイギリスの首相を務め、大戦後のヴェルサイユ体制構築に果たした役割で有名な人物ですが、ジョーンズが外務顧問を務めた時期には首相を退任し、国会議員として活動していたようです。

ドイツ(ヒトラーへの取材)

ジョーンズは1923年から毎年ドイツを訪れており、戦間期のドイツの政治体制の移り変わりを目の当たりにしてきました。ドイツが世界恐慌による経済的困窮で苦しむ中、ヒトラー率いるナチスの国家社会主義が台頭していく様子をウェスタンメイル紙で記事にしました。

ジョーンズにとってドイツでの一番大きな取材は、ヒトラーとゲッペルスの乗った飛行機に同乗した時のことでしょう。ジョーンズは1933年にライプツィヒからフランクフルトに向かう飛行機に搭乗したヒトラーとゲッペルスに同行した外国人ジャーナリストの1人となりました。ちょうどその頃、ヒトラーはドイツの首相に任命されており、ジョーンズはまさに世界史の転換点を目撃していたと言えるでしょう。

『赤い闇』でもジョーンズがヒトラーに取材したことについて触れている描写がありました。

ソビエト連邦(ホロドモールの報告)

ジョーンズは1930年から何回かソビエト連邦を訪問していました。その頃からソビエト連邦内で飢饉が起きているとジョーンズは疑っており、1933年にソビエト連邦を訪問した際、当局の監視を逃れウクライナに侵入し、人為的飢饉(ホロドモール)を目撃しました。

ジョーンズはベルリンに戻った後に目撃したソビエト連邦内での飢饉についてプレスリリースを発表しましたが、モスクワ在住のアメリカ人ジャーナリストによって嘘であると非難されました。ニューヨークタイムズにはジョーンズの報告した人為的飢餓を否定する主張が掲載されました。

ジョーンズはソビエト連邦の5カ年計画での農業の集団化政策と食料品の輸出増加によって人為的飢饉が発生しているのだと反論しましたが、ジャーナリズムの世界から追放され、またソビエト連邦への訪問も禁止されました。

ジョーンズは地元のウェールズに戻り田舎の記者として働き始めましたが、ウェールズの城で、その城を所有するアメリカの大物記者であるウィリアム・ランドルフ・ハーストをインタビューする機会を得て、彼の協力により再びジャーナリズムの世界に戻ることができました。

『赤い闇』でもモスクワ在住のジャーナリストであるウォルター・デュランティと対立するジョーンズの姿が描かれていました。

日本と中国(誘拐・死亡)

ソビエト連邦から追放されたジョーンズは極東に注目し、1935年ごろに日本を訪れ日本の要人にインタビューを行い、その後に中国に向かいました。そして、満州国の内モンゴルを旅行した際に日本軍に拘束され、解放された後に盗賊に誘拐され殺されました。ジョーンズの死にはソビエト連邦の秘密警察(NKVD)が関わっていたという疑いがあります。

ジョーンズが訪れた頃の日本は、満州事変を契機に中国に満州国を建国し、国際的な非難に晒されて国際連盟を脱退しているという状況でした。ジョーンズは取材を通して、日本が戦争に向かって突き進んでいることを感じていたかもしれません。

さいごに

ロイド・ジョージはジョーンズについて、次のような言葉を残しています。

That part of the world is a cauldron of conflicting intrigue and one or other interests concerned probably knew that Mr Gareth Jones knew too much of what was going on…  He had a passion for finding out what was happening in foreign lands wherever there was trouble, and in pursuit of his investigations he shrank from no risk…  I had always been afraid that he would take one risk too many.  Nothing escaped his observation, and he allowed no obstacle to turn from his course when he thought that there was some fact, which he could obtain.  He had the almost unfailing knack of getting at things that mattered.”

London Evening Standard, quoting former British Prime Minister David Lloyd George, 26th August 1935.

ジョーンズはあまりにも多くのことを知りすぎていました。そして、外国で何が起こっているかを知ることに情熱を持っており、リスクを取ってでも調査を追求しました。

『赤い闇』ではジョージ・オーウェルと親交があったように描写されていますが、実際に親交があったかは定かではありません。しかし、ジョージ・オーウェルの『動物農場』がスターリン独裁下の社会主義の欺瞞を批判していることは明らかですので、同じくソビエト連邦下の人為的飢饉からスターリン体制への疑問を投げかけたジョーンズと関連させて映画で描いているのかもしれません。

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